「モノづくりのまち大田」がタイで工業団地を運営
公益財団法人 大田区産業振興協会
高度な技術を持つ町工場が集積している東京都大田区は、地元中小企業の海外展開を積極的に支援し、成果につなげてきた。自動車関連産業をはじめとする製造業の進出が拡大するタイでは、オオタ・テクノ・パークを運営し、新規受注を獲得している。
中小企業の進出を区が全面支援
タイ最大の工業団地であるアマタ・ナコーン工業団地に、敷地面積約2万3400㎡のオオタ・テクノ・パーク(OTP)が開設されたのは平成18年6月。1区画(320㎡)のテナント料は、共益費と合わせて月額9万7600バーツ(約27万円)に設定され、生産規模によって複数区画を借りることもできる。さらにOTPでは、税務・会計に関わる問題に加え、労働力のアウトソーシングについても、進出企業の相談に応じているという。昨年末までに進出した企業は7社。このうち、最初に進出した特殊油圧シリンダー製造の南武は、タイでの事業が拡大して手狭になったことから独立し、工業団地内に広い自社工場を建設した。今年は3社が新たに進出することになっている。
これまで大田区産業振興協会は、海外の工業見本市にブースを出すなど中小企業の海外マーケティングをサポートしてきた。現在は、新たな市場として中国への進出を目指している中小企業のために、同国の主要都市で開催される工業製品見本市への出展を支援。並行して、「生産拠点+加工部品市場」を求める中小企業のタイへの進出(=OTPへの入居)に力を入れている。「技術力のある町工場が、拡大を続けるアジアの現地調達需要に対応していくのは当然の流れで、この成長市場の中心にあるのがタイなのです」と語るのは、同協会専務理事の山田伸顯さん。
「とはいえ、中小企業が自力で海外へ進出するのは大変ですから、大田区と協会でサポートしてきました。具体的には、税制優遇などのインセンティブを受けるためにタイ投資委員会へ申請する書類の作成や、その面接に立ち会って英語で事業内容を説明するといった内容で、現地の日本人弁護士や会計士の紹介も行っています」
日本企業の価値を高める高い加工技術
OTPは、平成17年に同協会の海外事業支援担当者が、アマタ・ナコーン工業団地を運営する会社のオーナーを訪ねたことがきっかけで始まった。当時、同工業団地にはすでに約500の外資企業が進出しており、その約6割が日系企業。さらなる日本企業の誘致に意欲を見せるオーナーに対し、その担当者は「日本のメーカーの強みは、高い加工技術を持つ町工場があること」と話した。
同工業団地に進出している大手日系企業の工場では、品質基準が厳しい特殊部品の開発を必要とすることが少なくない。そうなると、金型や試作品づくりの段階で高度な特殊技術が不可欠となるが、現地の工場には、こうした注文に対応できるほどの技術を持つところがなかった。
そこで、オーナー自ら日本を訪れ、大田区の町工場を視察。「こんな狭い工場で」と驚いたそうだが、高い技術力を認識し、帰国後、必要十分な土地を整備してOTPを開設した。
一方の大田区も、100社以上の中小企業に声を掛け、現地での見学会を複数回実施。その中から、タイ進出に強い意欲を持った6社が名乗りを上げたのだ。「各企業が単独で進出するのでは大手メーカーの注文に応じきれない場合もあると思いますが、数社で進出すれば、それぞれの得意技術を組み合わせることによって特殊加工の幅が広がります。『大田区から特殊加工技術が進出した』ということで、工業団地としての価値もかなり上がったのではないでしょうか」と山田さんは付け加える。
成長を続ける市場と手厚い税制優遇
大田区が町工場を海外に展開する場所としてタイを選択したのには理由があった。 まず、日本では望めない成長市場があること。アマタ・ナコーン工業団地の周辺60㎞圏内には、自動車産業の集まる臨海工業地帯があり、日本の大手サプライヤーも多く進出している。こうした現地のサプライヤーは、日本で取引のなかった中小企業との商談に積極的で、大田区の中小企業も受注活動ができる。また、タイはFTA(自由貿易協定)に力を入れているため、アセアン内での取引における関税負担が少ない。さらに、地理的条件に恵まれ輸送コストも安いため、インド・中国・韓国・インドネシアなどへの輸出が拡大している。
税制面でも優遇され、バンコク周辺の第1ゾーン、アマタ・ナコーン工業団地を含む第2ゾーン、さらに離れた第3ゾーンと、タイでは首都から遠くなるにつれて税負担が軽くなる(現在改定が検討されている)。第2ゾーンにあるOTPは、法人所得税が7年間免除されるほか、生産に必要な設備や資材輸入への課税も優遇されるのだ。
OTPに進出した中小企業は、韓国や中国の部品サプライヤーと競合しながらも、独自技術を生かすことで新たな取引先を獲得してきた。一昨年、タイで大規模な洪水が発生した際、膨大な数の金型を修理・調整する注文を受けた精密機械器具メーカーのフィーサは、アジア全体における知名度が飛躍的にアップした。また、高度な特殊部品の製作に必要な試作品や金型は大田区の本社に発注しているため、本社の新規受注も伸びたという。
ものづくりのまち・大田区が進める中小企業の海外展開支援事業は、着実に成果を上げている。
タイで自動車関連市場に新規参入 西居製作所
OTPに入居する大田区内の製造業各社は、それぞれ新たな取引先を開拓し、事業を拡大している。日本で光学関連メーカーに部品を納めていた西居製作所は、進出先のタイで、それまで全く縁のなかった自動車部品サプライヤーに技術を認められたことで、新たな分野に参入した。
培った精密技術を大手メーカーが評価
デジタルカメラや携帯端末のストロボは、複雑な形状の小さな反射板が光を拡散させ、被写体を照らす。西居製作所は、この小型反射板に使用されるアルミを、鏡面を傷つけることなく、特殊な精密金型を用いてプレス加工する会社だ。
光学関連メーカーの海外進出が進み、同社も海外拠点の設立を迫られていた。そんなときに、大田区からOTPを紹介され、平成19年に現地法人「NS FINE TOOL」を立ち上げた。
当初は、以前から取引があった日系デジタルカメラ部品サプライヤーからの注文のみ。しかし、現地のネットワーク強化に力を入れ、新規取引先を開拓することができた。
やがて、大きな転機が訪れる。同社の高度な技術が日系大手自動車部品メーカーに評価され、自動車の電源スイッチに使われる接続端子を精密加工する仕事を受注したのだ。
「海外では、日本と違って〝系列企業?といった仕切りがなくなります。そのため、日本で上場している多くの大手企業の現地法人と取引する機会が生まれました」と話す社長の西居徳和さんは、「タイでは部品調達市場が大きいため、われわれのような会社に出回る図面の数が、日本国内に比べて圧倒的に多いんです」と現地の事情を付け加える。
ちなみに、OTPが立地するゾーンでは、開業から7年間、法人所得税が免除されるが、同社の場合は現地法人を立ち上げたときの損金があるため、実際は7年目以降も減免されるという。
金型製作のノウハウを活用
西居製作所が現地で開拓した市場は、自動車関連部品だけではない。複雑な特殊金型製作で培ったノウハウを生かし、金型事業も始めている。
同社の技術が現地で知られるようになると、試作品づくりに必要な特殊金型や、その量産のための金型の設計・製作を依頼されるようになった。こうした仕事は大田区の本社に特注して対応してきたが、タイだけでなく、アセアン全体で金型需要が見込めるため、23年に現地法人でも量産用金型の製作を始めた。
さらに、そうした製品を輸出入するため、別法人となる商社「NISHII FINE TOOL」を設立した。今後はものづくりを足場に、販売面の強化にも力を入れるという。
当初は1人だった現地の社員も現在は50人。取引先は約20社に増えた。大田区の本社にとっても売上の増加となることから、好循環を生み出している。
「これからも新しい取引先を見つけていきたいですね」と西居さん。自社にしかない技術に磨きをかけることで、さらなる飛躍を目指している。
日本商工会議所 ビジネス月刊誌「石垣」平成25年2月号 特集「世界に飛び立つ日本企業」より参考URL:http://www.jcci.or.jp/nissyo/publication/ishigaki/ishigaki.html
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