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ドイツに学んだ値切らせないモノづくり

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◇特別寄稿◇ 日本国内における製造業拠点の再生(第2回) アベノミクスでモノづくり拠点は再生できるか 公益財団法人大田区産業振興協会 副理事長 山田 伸顯 1 類似する工業国ドイツと我が国の違い  同じ第二次世界大戦の敗戦国であり、戦後再び工業国として復活したドイツの生き方には学ぶところがある。何よりも顧客重視という消費者至上主義の名のもと、生産者の誇りや生きがいを捨てかねない日本の経営者のあり方に対し、経済の豊かさを実現し生活者としてもそれを享受するドイツの工業経営者の姿勢からは、閉塞感を打破するヒントが得られると思われる。 第1回で日本の交易条件(輸出価格/輸入価格)が悪化していることについて述べた。円高が進行したにもかかわらず、輸入価格が上昇し、輸出価格はそれに見合って上がらなかったのだ。  交易条件が悪化すると、これまでより多く輸出しても輸入額の上昇に追いつかず、働いても働いても貧しくなるという国富の流出に陥ることになる。対照的なのがドイツであり、交易条件を比較すると顕著な違いがある。ドイツでは、ここ数年来ユーロの為替レートが低下し、輸入価格が上昇している。しかし、それに見合う分を輸出価格に転嫁することで、交易条件を一定に維持していることが表れている。  それに対し、日本では円高でもエネルギーや資源の輸入価格高騰を抑えられず、輸出価格が追いつけない状態が続いている。  ドイツの交易条件が悪化しない原因は二つ考えられる。一つは、工業生産が大きい国であるにもかかわらず、燃料・エネルギー輸入額の割合が13%でしかないことである。原油・天然ガスは輸入に依存せざるを得ない。  しかし、ドイツは、国内供給できる褐炭による火力発電で総発電容量の4分の1を供給している。その他、再生可能エネルギーを重視したエネルギー政策を推進してきた。  さらに、2011年の福島第一原発事故以来、脱原発政策に転換し、太陽光や風力、バイオなどの発電を一層強化し、総発電容量の20%を再生可能エネルギーでまかなうまでになった。こうして、総輸入額の34%を占める燃料を輸入している日本と比較して、ドイツは原油価格等の高騰の影響を軽減させることができた。  もう一つは、ドイツ経営者の生産価格に対する姿勢である。中小企業が有する高い技術力を前提に、コスト競争に陥らない国際競争力を維持し続けている。売値を下げることで収益性を低下するような戦略ではない。  賃金を減らさなければコストを削減できないような競争を続けていたのでは、優れたものを作り出すというモチベーションはいずれ低下せざるを得ない。  生産性を高め、無駄なコストを掛けないモノづくりを徹底しつつ、人財に投じる経費を確保することが不可欠である。価格を維持することを経営の根幹とする姿勢が国際貿易にも表れ、堂々と輸出価格を引き上げている。ドイツの国全体としてのスタンスであると思われる。  これからの日本が存続するためにも、人材養成と経営の持続性により企業がさらに成長することが必須の条件である。  こうしたドイツ企業の姿勢に学んだ実例を紹介したい。東海バネ工業株式会社という特注バネのメーカーである。 2 曲がらなかったスカイツリーのアンテナ  2011年3月11日、最上部まで組み上がり、高さ600メートルを超えていたスカイツリーは、巨大な地震で揺れが増幅し、両側振幅で5メートルから6メートルとなったにもかかわらず耐え抜いた。それには基礎の構造がしっかりとしていたことは無論だが、アンテナ鉄塔の頂点に設置した制振装置の働きが重要であった。制振装置は12本のバネが40トンのウェイト(重り)を支える機構となっている。揺れが起こると、制振装置が逆に傾くことで揺れの効果を軽減する仕組みである。建築中であったが、この制振装置を取り付けていたことが地震の影響を抑えることに大いに役立ち、大震災に直面しながら、無事故、無欠損に終えることができた。これに使えるバネは強度や耐久性において抜群の性能が必要である。このバネを製作したのが、東海バネ工業株式会社である。ちなみに同じく地震に見舞われた東京タワーの先端アンテナは曲がってしまった。スカイツリーのアンテナは、東京タワーの2倍の長さである。  このバネを製作するには、太さ約80mm の鋼材を真っ赤に熱し、スーパーコイリングマシーンでとぐろを巻くようにバネの形状に成形する。作業の近くにいるだけで熱風が吹いてくる。長さ120cm にコイルされ、重さにして1本で1トンにもなる。この作業を可能にするのが、1憶5千万円をかけて作った名称YUKI という特注のオリジナルマシーンである。 3 東海バネ工業の経営転換  東海バネ工業株式会社のバネは、これまでも明石海峡大橋の免震装置に採用されているし、また、工作機械メーカーが製造するマシニングセンターを支える「皿バネ」は、国内ナンバーワンのシェアを誇っている。こうした特殊なバネ製作に特化した企業である。  1934年に個人業として創業した。創業者は大正元年生まれで岐阜県出身だったため、大阪にあるにもかかわらず東海地域の名前にこだわり命名した。会社設立は10年後の1944年である。現在の社長である渡辺良機は、先代社長とは親戚筋に当たる。先代の身内が誰も事業を継ごうとしなかったため、渡辺の実家の親までが説得され、しぶしぶ入社したのは28歳になってからであった。73年のことである。「赤字を出していない」、「顧客は上場企業である」、「良い職人に恵まれている」。これが先代の提示したこの会社の利点であった。  「赤字になっていないだけで、儲かってはいない」「顧客は重厚長大企業で成長型ではない」「熟練の職人はモチベーションが低く、他人の言うことは聞かない」これが当時の渡辺の感想であった。職人のしごきに耐えながらどうにか会社を続けていた。そんなある日、業界の欧州視察旅行にたまたま渡辺が参加することとなった。そのとき訪問したドイツの企業で話を聴いてから、経営に対して姿勢を一変させることとなった。  このとき立派な技術をもったドイツのバネ工場の経営者に、渡辺が「値引きを顧客から要求されたらどうする」と聞いたところ、「値引きに応じることはない」と断言されたのであった。それまで、少しの利益を足して値段を提示しても、相手の姿勢に屈する形で利益を切り下げてきた東海バネにとって衝撃的な発言であった。大量生産では値引きに応じざるを得ない。国内バネ生産の85%を占めるのは、自動車や電気の産業分野における大量生産である。これと決別することは大変な覚悟が必要であったが、技術を切り売りすることを止め、多品種微量生産に特化することを宣言した。以来、どのようなお客からの注文に応じてでも、平均生産ロット5個という手作りのバネ生産に打ち込んでいった。 4 IT 活用がもたらす微量受注  注文主は製造事業所とは限らず、中には個人もいる。また、定期的に仕事が出されるわけではなく、何年間も注文がなかった顧客から突然発注してくる場合もある。このためはるか以前に受注したバネについても、データを保管しておく必要がある。しかも、納期については絶対に守る体制を形成しておかなければならない。  したがって、こうした様々な顧客管理にはITが不可欠である。顧客からの受注管理に始まり、協力会社への発注・仕入れ管理を含め、社内の生産・在庫管理・図面管理、そして会計システムに至るまで全体のシステムを構築する。さらに、こうした基幹業務プロセスをWeb 上に公開することにした。  リオダ( Repeat Order System )というシステムにより、過去に注文したことのある顧客は注文履歴から簡単に再発注できる仕組みを作った。今では、IT 経営に取り組み始めた03年度と比較して、1000社の新規顧客が増え、売上高も1.3倍に増加した。しかし、これは短期間で完成したものではない。一品物生産を積極的に受注する体制づくりとオーダーした注文主の顧客データベースの構築には30年もの年月がかかっている。  Web に公開する以上、バネに関するあらゆる情報をサイトに掲載している。基礎知識から技術情報、活躍事例集など、バネに関して困ったことや使い方を分かりやすく解説しており、実に親しみやすいホームページとなっている。これまでバネに慣れ親しんでいない一般の消費者でも注文が出せる気になってくる。  東海バネの社員も、過去に発注したことがある人から電話で問い合わせられたときには、以前製作したものをデータベースで検索できるため、納期を含めて即答できるようになった。顧客にしてみれば、しっかりとした管理システムに対し高い信頼を抱くことができる。 5 経営姿勢の根幹  値引きに応じない「適正価格」で売るには、品質はもちろんのこと、99.99%の納期順守、そして顧客の満足獲得が必須である。それには一つひとつのオーダーに対してきっちりと応えようとする職人の技量が欠かせない。  機械がほとんどの工程をこなすことができる技術と違い、人の技が根本的に重要だからである。それには、技を支える社員のモチベーションを高めることが大切であり、従業員満足度が最重要である。渡辺は「会社は社員のためにある」と心の底から思っている。  東海バネには、社員の技術に対する向上心を重視し、伝承の仕組みを採っている。「ビクトリー・ロード・システム」という資格取得や研修の費用を会社が持ち、年齢に応じて年間2~5万円を補助している。資格取得時に報奨金を支給し、給料と賞与に跳ね返る制度である。国家検定「金属バネ製造技能士」を取得すると、海外研修旅行の報奨も受けられる。  給料レベルも同業種の会社より100万円以上は高く支給し、有給休暇については、取得しないと上司を含めて賞与を減額する。権利を有効活用しなければならないという社風を形成しているのだ。人件費は経費としてとらえず、人財育成の将来投資と位置付けている。  こうして社員尊重の基本的条件を満たした上で、困難な仕事達成に向かうポジティブな姿勢を重視し、内的モチベーションを喚起している。  この姿勢は仕入先に対しても同様で、対等なパートナーとして協力関係を維持している。  また、材料在庫を大量に保有している。少量しか使わない材料は容易に調達できないため、納期の達成率を維持するためには、先行して保管しておく必要があるのだ。人件費に対する認識とともに、在庫管理も財務から判断する通常の経営とは全く異なっている。それでも、営業利益率は20%を超えている。こうした経営姿勢を評価され、05年に経済産業省IT 経営百選最優秀賞を受賞、06年に元気なモノ作り中小企業300社に認定、08年にはポーター賞を受賞している。  東海バネ工業の経営方針は、失われた20年を経緯している日本のデフレ経済と対比して、それを克服する中小企業の実践例を提起している。燃料と原材料費の値上がりにもかかわらず、コストダウンを強いられる下請中小企業は、このままでは何の打開策を切り開けない。どのような大企業からの受注であっても、技術提供に関しては対等な企業関係であるべきである。  「やること」と「やらないこと」を明確に定めた経営戦略は、これからの中小企業の生き残りに当たって重要な示唆を与えてくれる。中小企業も「デフレ・マインド」という縮こまり志向に陥ってきた。これを克服するには、収益性を重視し仕事を選ぶこと、値切りを迫る顧客は相手にしないことである。  困難な技術を要するものには果敢にチャレンジし、社員を成長させながら究極の顧客満足を確保することが決定的に重要なことであるのだ。  東海バネ工業の事例は、現在進展しているアベノミクスによるデフレからの脱却と今後の日本の産業戦略にとって、転換すべき抜本的な方向性を示している。デフレの撃退にとって最も重要な事項は、賃金の上昇である。日本における需給ギャップを解消するためにも、中小企業を含めた労働分配率を高めることが必要である。日本は、成長戦略の実現に向けて、モノづくり体制を再構築することが不可避となっている。 公益社団法人全国工業高等学校長協会 機関誌「工業教育」9月号掲載

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